2011/03/12

地震

Category: 日記・雑記 — Annexia @ 02:22

 発生当時は会社で自分の机に座っていました.
 最初はゆるい横揺れで、それが徐々に激しくなってきました.通常の地震であれば数秒、長くてもせいぜい10秒程度で収まるのですが、収まる気配がありません.それどころかさらに激しくなり、棚の上にあった書類などが落ちてきました.本来は机の下に避難するのが筋だと思うのですが、必死になって崩れてきた段ボール箱や書類を支えていました.
 時間にしてどれくらいだったのかわかりませんが、非常に長く感じられました.大きな被害は幸いにしてなく、参ったなと思いながら落下したものを片付けていたところ、すぐに余震がやってきました.それも何度も.
 数回目の余震でさすがにこれは一度避難した方がよいだろうという話になって、社員全員で外に出ました.たまたま外にいた人の話によると、最近できたばかりの高級マンションが目視でわかるほどうねるように揺れて、ガラス張りの室内のカーテンが揺れる様子も見えたそうです.免震構造なので被害は少ないのかもしれませんが、室内にいた人は相当に怖い思いをしたのでないかと思います.
 普段は上空を飛ぶのを見ることのない旅客機も見かけました.おそらく羽田空港が一時的に滑走路封鎖になって着陸待ちになった飛行機があぶれてきたのでしょう.

渋谷

GR DIGITAL III

 会社は自由解散となり、車のある人に乗せてもらったりするなどしてめいめいが帰宅しました.私はいちおう総務職でもあるし、なにかあったときのことを考えて上司とともにしばらく残り、会社近くで夕食を済ませて20時半に会社を出ました.
 渋谷駅は電車は動いていなく、バスはものすごい行列でした.写真は都バスを待つ人の列です.ビックカメラの前のバス停からハチ公前の交差点まで続いていたので150m程度はあったのではないのでしょうか.この様子では自宅に向かうバスもいつになったら乗れるかわからないのと、道路の渋滞が酷い状況でしたので歩いて帰ることにしました.
 自宅までは約8km.渋谷駅近辺はかなり混雑していましたが、途中からはスムースに歩くことができました.時間にして1時間45分ほどで着くことができました.

 自宅はガスが非常モードで休止し、電気はブレーカーが落ちていました.懐中電灯が見あたらないので車のトランクにあるのを取りに行き、エアコンも含めて全てのコンセントを抜いたところブレーカーを復旧させることができました.元々が散らかった部屋なのでまあこんなものかと思ったのですが、金魚の入った水槽の水がこぼれてDVDレコーダとTVが水浸しになっていました.通電するのが怖いのでコンセントを抜いてタオルで拭きましたが、たぶんもうダメでしょう.それから、床にこぼれた水で床置きしていたCATVモデムが濡れており、これも通信できなくなっていました.金魚は無事なのが救いです.
 多少の被害は出たものの、とにかく命あってのものだねですから、生きてこそです.

 地震直後から携帯電話は通信/通話ともに使い物にならなくなり、固定電話もほとんど通話できなくなりました.実家に安否を伝えようとしましたがまるっきりダメでした.また、頼みの綱であるところの緊急地震速報もまったく反応せずでした.夕食時に1度警告音が鳴りましたが、あとの祭りです.テクノロジーを否定するわけではありませんが、自然の巨大な力の前には人類の小手先の技術なんて無力なのを思い知らされた感じがしました.
 とはいえ、通常のインターネットは不具合なく使うことができ、実家へもメールで状況を伝えることができましたし、Twitterで情報を集めることもできました.Twitterもデマが錯綜するなど、やや混乱した状況もありましたが知人の安否から交通情報まで非常に役立ちました.